から騒ぎ中国美女スペシャル

夕べたまたまテレビをつけたら、たまたま「から騒ぎ中国美女スペシャル」がやっていた。 日本の男性や社会に対する感想や、中日の違いなどをちょっと話していた。 大半はタレントやお嬢さんっぽく、どちらかというと、お金持ち目線かと思うけど、 (例えば、中国男性の結婚条件は一軒家を持つのが必須、しかも、普通持っているとか。中国のお父さんは家族ピラミットの一番底、ペットより下。一人っ子の子供は、一番トップとかは、そういう傾向があるけど、ちょっと極端だと思う)、 基本的に一般の中国人の考えを反映しているかな。 話の中に一番出されたのは、日本人の男性が浮気っぽすぎるってこと。 これはさんまさんが納得できなさそうで、色々突っ込んだけど、やっぱそういうイメージあるね。 実際に親しく知っている男性以外に、一般的なイメージ。 日本に来る前と来た後の日本イメージがいい意味で変わったのは大抵多いけど、この点だけは、来た後、来る前持ったイメージを更に確信するしかないね。 本能的にどこの男性もあまり変わらないかもしれないけど、特に一般的な中国人男性と比べると、日本人の男性は、女性や彼女の前に、浮気につながる話題や冗談、また似たような発言や行動を堂々とやっているように見える。 原因は、文化が違うからといって終わりだから、一番大きいのは、女性を初めて、社会全体の浮気への許容度と規制度も断然違うことでしょう。 名誉的はともかく、奥さん側の親族や親友により囲い込み式のバッシングを受けることは間違いがない。 女性をそれほど大切にしなさそうな、女性の前にえらそうな日本人の男性は中国では、相変わらず評判が悪いのも事実。 まあ、うちが頑張って、good caseを作るから。



道教と日本について(2)

(今日はなぜか図書館の利用率が高い。知らない人でも、研究のライバルに見えるので、いい緊張感が出るね) さて、昨日の続きですが、 実は、道教と日本について、古くは、津田左右吉氏、黒板勝美氏、妻木直良氏、小柳司気太氏、那波利貞氏、近年は、窪徳忠氏、福永光司氏、下出積與氏、松田智弘氏、上田正昭氏などが重要な論文や、著作を発表しています。先日、ジュンク堂に新書を覗いたら、坂出祥伸氏の「日本と道教文化」がつい今月出版されました。日本側の関心は高まってきているようですね。 この課題について、欧米側の研究はChronicle of Taoist Studies in the West 1950-1990(Anna Seidel)によると、あまりないようですが、日本人の研究の中でも、特に引用がなくて、ネットでちょっと調べたら、Taoism in Japan: Positions and evaluations, L Kohn – Cahiers d’Extrême-Asie, 1995というのがあります。フランスの雑誌っぽくて、まだ入手していませんが、他論文の引用から見ると、多くは福永光司先生の研究を踏まえているようです。(またKohn先生か。自分は、「西昇経」をテーマにしようとしたごろも、Kohn先生の大作とぶつかって、一時期心が折れました。ちなみに、今、先生は、どこかの山に道教の修行をしているらしい)。中国側も、この課題を専門的に研究しているのが特にいなさそうです。浙江工商大学日本研究所の王勇先生は、中日交流を専門にし、道教と日本の関係についても、いくつか論文が書かれています。ほかに、北京の劉屹先生は唐の道教と日本の関係を触れました。老子化胡説の調査をしたとき、劉先生の論文も多く拝読していましたね。(まさか。なぜか、注目している問題は、いつもつながっているか、不思議です。) 先行研究については、まだじっくり読めていなくて、十分に理解できていないところがありますが、それぞれのアプローチは、下記のように分類してみます。(先行研究のレビューではなく、なるべく構想の網羅性を追求したくて、個人の推測も若干入り、今後修正可能の整理説) 1、道教で日本史、日本思想を解釈する論説。日本の歴史上、受容してきた大陸思想の中で、仏教や儒教思想で解釈できない内容があるから、道教ではないかと。 2、道教が日本への影響論。中国思想といえば、いつも儒釈道三教と並んで呼んでいる。古代中国から多く影響を受けた日本だが、なぜかはっきりと道教からの影響だという研究が少なかったから、「これが道教から来たのだ」と再認識させたい中国思想的な立場。 3、道教が日本における受容・変容論。道教という外来文化が、どのような、伝来過程を経て、日本人に取り入れられ、仏教と相並んで、日本文化の重要な性格を形成したか。この日本文化の性格とは何か。道教が日本に伝わってから、どう解釈され、またどう変えられて、どういう形で発展してきたかという日本文化における外来文化の交渉論。 4、古代東アジアの情勢から、例えば唐と日本の政治外交関係から、唐代道教の公伝についての研究もある。(小幡みちる氏が代表に) 私は、前の調査項目にも書いたように、どちらかというと、3番に近い問題に着眼しています。 道教からどんな影響を受けたか、どんな道教要素が日本文化に反映しているかより、 どうして天皇は「道士法を尊ばない」のに、仏教を積極的に受け入れたか、 どうして空海は、道教より仏教を選んだか、 一般民衆は、道教、あるいは道教関連の信仰に対する認識はどんなものかなどです。 が、これらの疑問を解く前に、やはり、まず道教とは何かの問題を避けられません。 中国の道教への定義及び発展実態、道教要素、とくに現代意味の「道教」が形成される前の道教要素と「道教」を明確に区別せずに、日本文化との関係に関する研究が殆どであると言えるでしょう。 次回は、中国の道教、また日本に伝来した「道教」とは何かを明確に決めておきます。 方法と論拠については、 1、文献 中国側の史書:例、魏志倭人伝。 日本側の資料: 直接「道教」を論じた資料:例、空海の「三教指帰」、吉備真備の「私教類聚」 間接的に、この概念、表現が表した思想や観念は、道教の神仙信仰や、道教の某経典からの影響ではないかと。 資料は、日本古典文学大系に所蔵の当時代の書物(記紀、『万葉集』『風土記』など)、『群書類従』『古事類苑』などの編集事典。 日本に確実に伝来した書籍:「日本国見在書目録」や、文献の中の引用。 2、実物や遺跡 考古学の成果活用や、今でも神社の建物や、実際な祭り、祭事に残っている札、儀礼、模様などです。



道教と日本について(1)

タイトルの問いに答えるには、本も書けるぐらいです。 英語は、Taoismしかありませんが、一般的には、道教より範囲が広いです。ややこしい問題ですね。 道教とは何かを明かにできないまま、道教と日本の関係を議論しても意味がない。論外です。と前から早大の小林先生よりの教諭を今でも肝に銘じています。 それで、ずっと敬遠してきました。 しかし、自分の立場では、「道教」と日本のことをどうしても視野に入ってしまいます。 というか、それは自分の活かすべき長所でもあると中国の先生によく言われます。 私の専攻は、宗教学です。民俗学、文化人類学、日本史学ではありません。 研究するには、それなりの立場を明確にしておいたほうがいいです。 宗教学からみれば、完全な宗教の形式(中国道教のような教団組織、道観、体系化された教典)が日本に伝来し、存在しなくても、中国道教の信仰するもの、修行目標と関連し、類似しているものが存在しているなら、日本人がそれらをいかに理解、解釈して、変化させたか、またその理由を分析する意義があると思われます。 (Oh,図書館閉館時間になった。一旦休憩>>)



花粉症との闘い

日本語を教えてくれた初の日本人先生と先日再会しました。 花粉症に初めてかかって、つらいですねと助けをもとめようとしたら、 免疫力低下じゃないですかと言われました。 悔しいですね。先生より何十年若いのに。 今晩は、一人でもジョギングに行きます。 体は病気(生理的と精神的)の元。ちゃんと鍛えていきます。



納豆と味噌汁

darlingとは、外国人だなとあまり意識していないながら、夫婦岩のよこで結ばれました。 海風に吹かれて、神様の祝福を受けて。 darlingは作ったものを何でも食べてくれるとてもいい子です。 が、やはり和食により感情を注いでいるようです。 この間、何らかの会話で、突然、納豆が嫌いな人と結婚できないと宣言。 よかった。極端にいうと、納豆、味噌汁、白ご飯があれば、生きていけるこの私だから。 週末、初「さば味噌煮」を作ってくれたdarlingに感謝!



幸せは、人のためにすること

なぜか、人のために料理を作ったり、掃除をしたりすると考えると、モチベーションがアップし、幸せ度も倍増します。 結婚とは、相手に何かしてほしいのではなくて、何かしてあげたい気持ちが抑えられなくて、することかもしれません。 ずっと支え合うという願望を込めて。



中国道教の古代日本に於ける受容についての調査

中国道教の古代日本に於ける受容について、調査しています。 下記は、調査項目です。 一、古代日本が外来文化を受容する主体だという視点から考えると、 1、道教伝来以前の古代日本在来の思想、政治、文化基盤とは。 2、同じく外来文化の仏教思想は、神仏習合で日本国家レベルの支持でうまく定着したようですが、どうして道教は明かに公式に日本政府に断られたの か。仏教、道教、神道、修験道等の間の関係とは。歴史を見る限り、同質のものがわりと抵抗なく、違和感無く受け入れられる。 ちなみに、仏教は、国家レベルで伝来してきた。鎮護国家としての仏教、民衆より国家のための仏教。仏教の力が国家の繁栄をもたらすことを期待し、氏 族の閉鎖性を打破するために、世界性・普遍性を持った仏教を国家統一の精神的支柱として採用し、王権を高め、貴族・官人の統一を図ろうとした。教義上で は、神仏習合、本地垂迹の説が作られた。 3、5世紀半ば中国で成立した道教そのまま日本に伝来していなかったといっても、当時の日本人がどう「道教」を理解したか、受け止めたか、またその 理由を究明するのが、意義あると思う。特に関連文献、材料が残っている限り、解読、分析する必要がある。 二、この中国道教とは何かという客体の視点から考えると、 1、いつの時代の中国道教。どういう特徴を持っていたか。儒仏との関係も。 2、日本に伝来した後の道教思想は、最初中国の思想と違いが生じたか。宗教まで発展できなかった原因は? 3、道教はどうして世界宗教に発展できなかったか。中国人ならではの何か特徴でも反映しているか。 三、中国道教が古代日本へ伝えるというプロセスから見ると、 1、中国の道教は、どういうルートで日本に伝わったか。 2、朝鮮半島経由なら、朝鮮道教の影響をどれぐらい受けたか。直接の遣唐使などによる交流なら、その本人たちがどんな道教思想を見たか、いかに道教 思想を理解し、解釈していたか。 3、朝鮮半島は、道教を受容して、宗教として発展させたのに、どうして日本は違ったか。



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