道教と日本について(1)

タイトルの問いに答えるには、本も書けるぐらいです。

英語は、Taoismしかありませんが、一般的には、道教より範囲が広いです。ややこしい問題ですね。

道教とは何かを明かにできないまま、道教と日本の関係を議論しても意味がない。論外です。と前から早大の小林先生よりの教諭を今でも肝に銘じています。

それで、ずっと敬遠してきました。

しかし、自分の立場では、「道教」と日本のことをどうしても視野に入ってしまいます。

というか、それは自分の活かすべき長所でもあると中国の先生によく言われます。

私の専攻は、宗教学です。民俗学、文化人類学、日本史学ではありません。

研究するには、それなりの立場を明確にしておいたほうがいいです。

宗教学からみれば、完全な宗教の形式(中国道教のような教団組織、道観、体系化された教典)が日本に伝来し、存在しなくても、中国道教の信仰するもの、修行目標と関連し、類似しているものが存在しているなら、日本人がそれらをいかに理解、解釈して、変化させたか、またその理由を分析する意義があると思われます。

(Oh,図書館閉館時間になった。一旦休憩>>)

This entry was posted on 火曜日, 3月 30th, 2010 at 11:52 AM and is filed under Taoism in Japan. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

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