道教と日本について(2)
(今日はなぜか図書館の利用率が高い。知らない人でも、研究のライバルに見えるので、いい緊張感が出るね)
さて、昨日の続きですが、
実は、道教と日本について、古くは、津田左右吉氏、黒板勝美氏、妻木直良氏、小柳司気太氏、那波利貞氏、近年は、窪徳忠氏、福永光司氏、下出積與氏、松田智弘氏、上田正昭氏などが重要な論文や、著作を発表しています。先日、ジュンク堂に新書を覗いたら、坂出祥伸氏の「日本と道教文化」がつい今月出版されました。日本側の関心は高まってきているようですね。
この課題について、欧米側の研究はChronicle of Taoist Studies in the West 1950-1990(Anna Seidel)によると、あまりないようですが、日本人の研究の中でも、特に引用がなくて、ネットでちょっと調べたら、Taoism in Japan: Positions and evaluations, L Kohn – Cahiers d’Extrême-Asie, 1995というのがあります。フランスの雑誌っぽくて、まだ入手していませんが、他論文の引用から見ると、多くは福永光司先生の研究を踏まえているようです。(またKohn先生か。自分は、「西昇経」をテーマにしようとしたごろも、Kohn先生の大作とぶつかって、一時期心が折れました。ちなみに、今、先生は、どこかの山に道教の修行をしているらしい)。中国側も、この課題を専門的に研究しているのが特にいなさそうです。浙江工商大学日本研究所の王勇先生は、中日交流を専門にし、道教と日本の関係についても、いくつか論文が書かれています。ほかに、北京の劉屹先生は唐の道教と日本の関係を触れました。老子化胡説の調査をしたとき、劉先生の論文も多く拝読していましたね。(まさか。なぜか、注目している問題は、いつもつながっているか、不思議です。)
先行研究については、まだじっくり読めていなくて、十分に理解できていないところがありますが、それぞれのアプローチは、下記のように分類してみます。(先行研究のレビューではなく、なるべく構想の網羅性を追求したくて、個人の推測も若干入り、今後修正可能の整理説)
1、道教で日本史、日本思想を解釈する論説。日本の歴史上、受容してきた大陸思想の中で、仏教や儒教思想で解釈できない内容があるから、道教ではないかと。
2、道教が日本への影響論。中国思想といえば、いつも儒釈道三教と並んで呼んでいる。古代中国から多く影響を受けた日本だが、なぜかはっきりと道教からの影響だという研究が少なかったから、「これが道教から来たのだ」と再認識させたい中国思想的な立場。
3、道教が日本における受容・変容論。道教という外来文化が、どのような、伝来過程を経て、日本人に取り入れられ、仏教と相並んで、日本文化の重要な性格を形成したか。この日本文化の性格とは何か。道教が日本に伝わってから、どう解釈され、またどう変えられて、どういう形で発展してきたかという日本文化における外来文化の交渉論。
4、古代東アジアの情勢から、例えば唐と日本の政治外交関係から、唐代道教の公伝についての研究もある。(小幡みちる氏が代表に)
私は、前の調査項目にも書いたように、どちらかというと、3番に近い問題に着眼しています。
道教からどんな影響を受けたか、どんな道教要素が日本文化に反映しているかより、
どうして天皇は「道士法を尊ばない」のに、仏教を積極的に受け入れたか、
どうして空海は、道教より仏教を選んだか、
一般民衆は、道教、あるいは道教関連の信仰に対する認識はどんなものかなどです。
が、これらの疑問を解く前に、やはり、まず道教とは何かの問題を避けられません。
中国の道教への定義及び発展実態、道教要素、とくに現代意味の「道教」が形成される前の道教要素と「道教」を明確に区別せずに、日本文化との関係に関する研究が殆どであると言えるでしょう。
次回は、中国の道教、また日本に伝来した「道教」とは何かを明確に決めておきます。
方法と論拠については、
1、文献
中国側の史書:例、魏志倭人伝。
日本側の資料:
直接「道教」を論じた資料:例、空海の「三教指帰」、吉備真備の「私教類聚」
間接的に、この概念、表現が表した思想や観念は、道教の神仙信仰や、道教の某経典からの影響ではないかと。
資料は、日本古典文学大系に所蔵の当時代の書物(記紀、『万葉集』『風土記』など)、『群書類従』『古事類苑』などの編集事典。
日本に確実に伝来した書籍:「日本国見在書目録」や、文献の中の引用。
2、実物や遺跡
考古学の成果活用や、今でも神社の建物や、実際な祭り、祭事に残っている札、儀礼、模様などです。
