4月 30, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
前回の日本人論はすべて読んでいるわけでもないが、日本人への全体的なイメージを列挙しておくと、 1.超越的な存在を意識するより、一個人の独立精神を構築するより、現世にある周りの人間や集団を強く意識する。 2.外へ出てチャレンジするより、所属社会や集団にいて、周りと同じ行動を取るのが安心で、自己責任も逃れるから、甘えがちな性格がある。異なった環境で異文化を楽しむより、自分と違うものを排除しがちで、外国人や外国語だけに対して恐怖心を持っていて、違う人との付き合いをなるべく避けようとする。 3.創造性に欠けているが、他文化を積極的に吸収し、自分の都合で改造するのが得意。外国の文化を積極的に取り入れようとするが、外国人や外資を日本社会に受け入れるハードな面もソフトな面はまだ足りなくて、外へ自分の文化や考え方を発信する意思と力が弱い。 チームワーク力が強いが、自己主張、決断力が弱い。 4.一般的に、上下関係、年功序列、家庭や職場での男女不平等や滅私奉公などは古くからあって、まだ維持されている。 5.常に変化している自然に恵まれて、高い感受性を持っているが、論理力が弱い。 6.細かいところまで追究し、コツコツと改善していくのが得意だけど、社会や外の世界の変化への注目、及びその対応に要求される柔軟性に欠けている。 今回は、まず取り上げたいのが、外国語(英語を中心にする)の問題だ。 日本に来て、よく初対面の人に聞かれるのが、「日本に長いですか」と。なんで「日本語を勉強して長いですか」ではなかったことに興味がある。実際、自分の日本語は、90%は中国で勉強した成果で、10%は流行語や表現の豊富さ、イントネーションのなめらかさなどが日本に来て上達したと思う。中国で最初勉強したとき、直されていなかったか、直せなかった発音や覚え間違えたアクセントは、日本で生活することによって、すぐ直ることでもない。 外国人から教わるのは、発音が自然になる。その国に行くことによって、言葉の裏にある文化や考え方をもっとわかること。外国人から教わっていなくても、その外国語を母語とする国に行ったこともなくても、ちゃんと学校の授業を受けて、或いは独学して、若干なまっていても、普通に話せる。日本に1ヶ月行っていて、日本語を何もしゃべれずに中国に帰ってくるのは、むしろ恥ずかしいことである。話せるのが当然だと思われる。海外経験がある日本人は、ずっと日本にいる日本人の前で、英語をすごく自慢して披露するのは、滑稽に見えるしかない。
4月 28, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
I am still wondering what is the best way to call my Darling when we meet friends or relatives. I have to find it and practice more before my wedding. OMG!
4月 22, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
最近、Darling持ち帰りの 『中国人に絶対負けない交渉術』と『Culture shock! Japan』を読んだ。 「世界の若者会議2007」に論文を発表して以来、こういう中日の付き合い問題をあまり文章化していないから、家族の定番議題だし、そろそろ頭のメモリーを釈放させないと、爆発してしまいそうなこのころだ。 少しずつ綴っていく。 まず吉岡健氏の『中国人に絶対負けない交渉術』というと、作者は結構中国、中国人の実生活に参加していて、基本的に現実に即していると思うが、上目線で見ているようで、内容は日本人が中国人とうまく付き合うのに役立つ中国人のいいところをあまり取り上げていないと思われる。後半のテクニックのまとめは、中国に進出しようとする日本企業にとっては、参考となるだろうが、前半の多くの中国人論について、これらを知ったら、本当に中国人に負けないのかと正直思うところだった。 取り上げられているトピックの中で、特に気になるのは、「日本人は職人気質で、中国人が重視するのは利、金銭」というまとめ方だ(P18-23)。 日本人のような職人気質はないと思うが、「利」をほかのものより必ず重視するわけでもない。 この結論は、作者がビジネスの経験から感じたことだと思うが、企業としては、NPOやNGOでなければ、生きていくために、「利」を追求するであろう。倒産しかけの日本企業でも、職人気質より利であろう。実際、日本社会でも、企業の不祥事がよく耳に入る。 しかし、作者をそのように思わせた理由もあると思う。例えば、中国にある日中合弁会社で、一般の場合、コスト60元のBクラスの製品で市場ニーズを満足でき、利益100元を得られるなら、コスト80元のAクラスのもので同じく利益100元しか得られないとしたら、中国人は、前者を選択するのが多いです。トップクラスのものではなければ市場に出せないような日本人の職人気質になろうよと言われても、すぐ納得しないであろう。こういうとき、職人気質や実利重視の話より、そもそも会社は何のために存在しているか、どうして日本から中国に進出してきているか(逆な場合も同じ)、どんなブランドを作りたいか、どんな価値を提供したいか、などに戻した方が良い。こういった会社の方針は、合弁する前に合意を取るべきな話で、途中でよく振り返って強調することが大切だ。要は、職人気質か、そのときの実情に合わせて対応するのが会社の目的目標実現の手段である。日本人の価値観で中国人を押し通すのは、とても無理だと思う。逆に、アメリカや日本のような資本主義出身の人は、お金なら動かせると思っている中国人も多い。 中国人の価値観、或いは経営理念といえば、目先の利益にとらわれがちだとよく指摘される。改革開放からまだ30年なので、老舗といえる近代企業は殆どない。 激しい競争の中で、ちょっとお金を儲ければいいと短い目でしか見られない中小企業はまだ多数。長いスパンで企業を経営して、世界中に通用するブランドを作ろうとする中国企業は増えていると思うが、まだまだ少ない。中国は、そういう変動の激しい時期にあるということを理解したほうがいい。 実利について、中国は古くから自分の実利哲学がある。孟子は「富贵不能淫,贫贱不能移,威武不能屈,此之谓大丈夫」という中国人なら知っているはずな有名な言葉を残している。中学校の教科書に載っているし、こういう系は、基本的にみんな暗記できていたと思う。意味は財産や高い地位に惑わされることなく、貧困や低い地位に移されることなく、権威や武力でも屈服されることないようにできる人こそ、所謂一人前の男である。(日本語の定訳はすぐ見つからなくて、英語を付けておく。It is a true great man whom no money and rank can confuse, no poverty and hardship can shake, and no power and force can suffocate.) 政治上では、結構都合のいい思想でしょう。よって、儒家思想は、昔から公的思想として、朝廷や政治家に愛用されている。今でも、メディアはこれを行動基準として使って、不適切な行為を正そうとしている。例えば、 「観光ツアーの富裕層、財産に惑わされないで」(ちなみに、20年前の日本バブルの轍を踏まないようにと警告されている) しかし、民間レベルで考えると、今はそういうことができない人は多くいるが、できる人は馬鹿にされるより、大変尊敬されて、むしろそれを目指そうとしている人もいると思う。特に、自分のポリシーを持って、潔く生きていきたい人の場合。また、自分も含めて、学問の研究に励んでいる人とか、、実利のために動いていないのが枚挙にいとまない。 日本の経営哲学の源である、鈴木正三の禅の倫理、石田梅岩の心学、渋沢栄一の「論語と算盤」などはいずれも中国人にとっては馴染みがあり、認めている経営倫理である。例えば、儒商というのがいる。 ついでに言っておきたいのは、儒家思想だけではなく、道家思想もよくあげられている。 『左手は孔子、右手は荘子』という本に対して、Robin Liなどの企業家は賞賛している。 NetEase CEOの丁磊は老子「道徳経」の自然無為を経営に取り入れている。 経営倫理の浸透は教育と共に浸透させないといけない中国の現実だが、中国の伝統文化の知恵を活かして、国際的な視野を持っている中国人はどんどん増えているので、中国人は「金儲けが一番」、またそういう「決め付け」が広められたらちょっと困る。どちらかというと、それを信じて、行動してしまうと、最も損しがちなのは、思い込んでいる本人だから。 あと、「中国人に絶対負けない交渉術」の中のコラム情報は、個人のつぶやきのように書かれているので、事実に合っているかは別として、中国人との交渉にはどうつながっていくかは疑問だ。それぞれつぶやく自由があるし、細々な指摘は、ここにて略す。 さて、そろそろ「中国人に絶対負けない交渉術・私流」に入りたいと思う。まず、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」ということだ。吉岡健氏は「彼」のことと比べて、「己」への認識を基本的に書いていない。 とりあえず、これまでの「日本人論」はどんなものがあるか、見てみよう。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E8%AB%96 ちなみに、中国で一番人気なのは、アメリカ文化人類学者 ベネディクトの『菊と刀』である。中国人が理解している日本人の性格といえば、結構その本に影響されていると思う。 自分も、7年前「日本人の恥ーー『菊と刀』をめぐって」という卒業論文を書いていた。 今でも、一般的な日本人は世間や他人の目を基準にして動いていると日々感じている。日本人とはこういう人間だとそんなにまとまらないと主張している方は、とりあえず上記URL掲載の日本人論の方法論を論破してみてください。 [...]
4月 14, 2010 - Posted by xiaoling- 3 Comments
前回は、道教とは何か、ちゃんと定義しないと研究が始まらないなと結構悩んでいました。 ふと現代の日中の互いへの理解を見て思ったことですが、 中国の道教と日本人が受け取り、理解した道教は必ずギャップがあると思います。 時代の差、内容の差、量の差、それぞれ意識的に、無意識にかけたフィルターによる差などです。 現代では、通信手段がたくさんあるわりに、まだこれだけのギャップがあるというのは、 古代のように、朝貢する人や遣唐使による公的なルート、書籍伝来、渡来人などによる民間交流ぐらいしかなさそうなとき、 相当ギャップがあったのではないかと推察されます。 ということは、日本人を主体にする「道教」への理解を探ったほうが確実かなと思いました。 ここで、次の課題に直面します。 一つ目は、やはり「道教」をいかに捉えるかのことです。 「中国の道教」から考えると、老子の哲学、神仙信仰、方術、儀礼、医学など、極端にいうと、儒教や仏教にはっきり分類できないものは道教体系に入れてしまいがちです。こういった道教要素の日本文化に与える影響論、神仙思想を中心に古代日本の受容・発展論は多くあり、どうも私が理解している外来の仏教、現地の儒教に挟まれて、危機感のもとで形成された道教の姿は見えなくなっています。 ずっと頭に置いている疑問ですが、日本にとっては、同じく外来思想なのに、どうして儒仏道それぞれの行き道が違ったか、については、先行研究もあまり触れていません。 従って、現時点で調べた限り、奈良平安の日本人の「儒仏道三教観」から、古代日本の「道教」観、道教への理解、受容を見てみたいと思っています。 二つ目は、知っている関係文献や材料はまだ少ないです。 中国側の文献は略して、日本側について、今これしか知らなくて、読んでいません。 1、空海の「三教指帰」と唐から持って帰った「三教不斉論」 2、「清浄法行経」 神道、密教、修験道、陰陽道などの文献も探ってみようかと考えています。
4月 14, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
前から、宗教を研究する人は、どれか特定の宗派に属するのがよろしくないと言われています。 一般的な信者はともなく、研究者でも、自分の信じたり、認めたりしている宗派の優位性をついつい主張したがります。 頭の潜在意識ぐらいで。 例えば、仏教を信じていて、仏教の教義を求めている人は、仏教の内容が少ない文献を精査する優先順位も低くなるでしょう。 実際の宗教発展史を見ると、たとえ祖師が最初、他宗派を排斥しようとしていなくても、つまり、他宗派の思想を受け入れても、 あとの信者は、自分の宗派のピュアさを強調し、真理が唯一のごとく、一種の正統論を立てようとします。 宗教の本当の源は、排他的ではないと思います。
4月 14, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
結婚やビザ関連の日本での手続きを一旦終了したので、ちょっと書き残します。式への準備は迫ってきています。 (finished the procedure of marriage and visa in Japan. ready to prepare for the wedding in China ) 中国人が日本滞在、日本で先に結婚する場合 (旅行や出張などの短期滞在ではない) (実行する際、常に最新情報をご確認ください) 一、日本での結婚手続き 1、区役所に国際結婚用の書類リストを請求 2、中国人が中国駐日領事館に「婚姻要件具備書」(3000円かな)を申請。申請日の3日後ぐらいもらえる。 必要な書類は下記である(中国人向けなので、中国語のみ)。 http://www.china-embassy.or.jp/chn/lsfw/rzyw/www14/t179300.htm 営業時間:09:00-12:00 最寄駅:六本木 3、婚姻届を記入する。改姓するかの問題を事前に検討する 4、区役所の戸籍住民課に婚姻届を提出。もし区役所の営業時間以外に、婚姻届を出すなら(24時間受理するから)、営業時間内で、スタッフに書類の可否を確認してもらった方がいい。 5、住所は本籍地が違う場合、婚姻届を受理した日から、戸籍謄本に婚姻事実が記載されるまで、2週間ぐらいかかる。 ニ、ビザ変更手続き 1、東京入国管理局(か、所在地の入管)に、ビザ変更の手続きをするうえ、必要な書類は、下記である。 http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/online_immigration_16-2.html 他の申請用紙は↓ http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/online_immigration_list.html 2、必要な書類リストに沿い、書類をそろえる。 区役所から、婚姻受理証明書を発行してもらう。一通300円かな。 区役所納税課か、本籍地の納税課に、納税証明書を発行してもらう。 質問票、スナップ写真などなど。 3、不明点があれば、下記のところに電話相談可能。つながりやすくないけど。 http://www.immi-moj.go.jp/info/index.html 4、東京入管は、いつも人でいっぱい。本やPC、何か暇つぶしのものを持っていくのが必須。 申請資料を出すのに、400人ぐらい4時間も待たされた。 出してから、はがき通知を待つ。 (私の場合、一週間後通知が来た。3年申請したのに、1年しかくれなかったけど) ちなみに、ビザ変更手続きは、4000円かかった。 再入国の資格は、前申請ずみ、しかも期間内なら、再入国の期間もそのまま更新してくれた。 受付時間:09:00-16:00 最寄駅:品川駅からバス15分 5、外国人登録証明書のビザ内容を変更する(区役所外国人登録課にて)。 (*中国人が中国にいて、日本に呼び寄せる必要がある場合、まず「在留資格認定証明書交付」を申請する。 http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/online_immigration_16-1.html) 三、中国側への結婚報告手続き 1、婚姻受理証明書や、既婚記載がある戸籍謄本をもって、日本外務省の認証課に認証しにもらう。 [...]
4月 9, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
如题,真是惭愧万分,还是最近才知道的。 还老被Darling拿来当反面教材到处宣讲。 自己查了查,忌讳如下: 1. 不要将筷子插入食物以将其叉起。筷子应当充当钳子而非利剑。 2. 不要用筷子将食物传递给另一双筷子。如果你想让你的朋友尝尝某道菜时,应该让他们用他们自己的筷子夹。如果你朋友用他的筷子给你夹某道菜时,不要用自己的筷子去接。只有日本葬礼中的两个人共拾遗骨才这样做,叫“箸(橋)渡し”。 3. 不要舔舐筷子。 4. 不要用筷子在桌子或是碟子上表演击鼓动作。不要把筷子当做是鼓棒。 5. 不要啃筷子。这样做很有可能弄坏你的筷子,更不要说吃到筷子上的漆会有害你的身体健康。 6. 不要将筷子竖直叉在一碗米饭上。这种行为只会在日本葬礼作为供奉先人的习俗进行。(这点中国也有吧,只是似乎没日本人敏感。) 7. 不要用筷子将嘴中的食物推进到更里面。 8. 不要用筷子翻来翻去,挑拣食物。(即便你们是一家人) 9. 不要用筷子移动桌上的碟子。不要用你的筷子将一个盘子拖近你这边。 10. 不要用筷子指着别人。(这个觉得是共同礼仪吧) 11. 不要用嘴咬住筷子而不用手——这样会使你看起来像个傻子!即使当筷子在你嘴中或是嘴边,你的手也不能离开你的筷子。 我被darling多次指出的就是第2点。 特别是看他要用筷子分解开某样菜时,总忍不住伸出自己的筷子去帮忙。。。 汗,学了那么久日语,见了那么多日本人,咋从没人赐教呢? 看来教外语的老师首先就应该教该国的禁忌。 要与外国人接触也要首先学习该国人的禁忌。 你说日本人规矩多,看到他们这么做了,自然会有样学样。 问题是 1、是禁忌,他就不会做,你也看不到。 2、你一直没这个机会犯这个毛病。就算你给日本人夹菜,他肯定不会用自己的筷子接。而要日本人给你夹菜,则关系要发展到比较亲密吧。 3、即使犯了忌,一般的朋友只是醒悟你不是同一圈的人,又不好当面指出你的错。能直言不讳的,又得等你们关系密切了。(日本人是个典型例子) 所以,有点震撼和郁闷。 早知道我就早留心早改嘛。
4月 9, 2010 - Posted by xiaoling- 2 Comments
4月7日、母の誕生日。 今年も、またそばにいてあげられなかった。 Darlingと相談し、何かプレゼントでも送ってあげようかなと。 プレゼンド選びの時、Darlingは「こういうの、あと何回ある?」とちょっと不満っぽかった。 「自分は、1の労力をかけるけど、相手には、10倍、100倍の喜びを与えることかもしれないよ。しかも、相手は親だし。これぐらいのことをなんでやってあげないの?」と持論を出した。そう、持論。 結局、プレゼント一緒に選んで、自然で可愛い中国語をカードに書いて、郵送手続きしてくれて、また7日の夜、母に祝い電話もしてくれたDarling。(プレゼンドはちょっと1日届き遅れたけど。。) 母とDarlingは同じく中国にいるから、母は直接Darlingに携帯メールや電話をして感謝してくれた。 超喜んでいたって。 (物理的な原因で、私には返信がなかったけど。。。まあ、こちらは、Darlingお母さんと仲良くメールのやりとりしているし) 母の日は、二人の誕生日も近いし、誕生日会&母の日――「産んでくれてありがとう」会にしようという話も。 家族愛、親孝行は人間の原点かも。 協力してくれたDarlingもありがとう~ なんか、とても嬉しい
4月 7, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
「道教」は、最初は「聖人」の「道」を説く「教」の意味で使われ、その意味から儒・仏の教えをさえ呼ぶ名称となっていた。つづいて五世紀に、仏教と対抗するために、中国民間の呪術信仰、戦国期の神仙道、老荘思想、後漢の民間信仰による五斗米道、さらに仏教の教理や儀礼などを重層・複合的に採り入れ、不老長生を目的とし、老子を教祖として教義教典を体系化し、道家だけを指す「道教」が作り上げられた。 主な参考文献:酒井忠夫、福井文雅:《道教とは何か》(酒井忠夫编《道教の総合的研究》,1977。《道教》第一卷,平河出版社,1983。《道教と日本》第一巻,雄山阁,1996。) 其实,中外学者对何谓道教的问题做了许多回答。《道教》一书将日本学者为道教所下的定义归纳为以下13种: (1)道教是在道家的名称之下,混合了神仙道和天师道, 特别包含了民间信仰,并融合了佛教和儒教的教义与仪式,将老子神化,以长生升天为教旨,为了消灾弭祸,行各种方术。 (2)是从神仙道吸收服食炼养,从道家哲学吸收治心养性, 从民间信仰吸收多神,从巫祝吸收章醮之法,将这些综合统一起来。 (3)道,对于儒教和道教是共通的。 在中国民族的社会和政治中居正统地位的是儒教,异端是道教。 (4)与提倡合理主义的孔子的儒教相对, 道教标榜神秘主义的、隐遁和瞑想的老子学说,宣扬以咒术降伏疾病和支配自然力。 (5)老子论述道和自然的一元论,道教以最高观念为至高神, 奉为天或上帝。唯一的至高神天或上帝失去政治性后,在道教中成为玉皇。道教还信仰这位唯一至高神的众多属神,它们分好几个等级。在玉皇之前,至高神被称为由老子神化而成的太上老君和元始天尊,还创造了三清等至高神。因此,道教可称为交替神教,不能称为一神教。 (6)将道教和神祠宗教相区别, 后者供奉守卫民间和地方各种民众现实利益的众神,属于古代方士和巫祝神祠系统。神祠和寺庙供奉的众神,可分为佛教、道教和民间宗教三类,大部分是关于自然力、动物和历史人物等民间宗教(民间信仰)的神,纯粹道教的神不多。 (7)道教是从中国古老的民间信仰发展起来的, 其内容和形式又分为二。一是拥有道观和道士的教团组织的成立道教(亦被称为教会道教或教团道教),另一个是总称民间一切道教信仰的民众道教。道教内容包括:一、道家哲学;二、谶纬、巫祝、阴阳、神仙、卜筮等术数性部门;三、辟谷、服饵、调息、导引、房中术等医术性部门;四、民众伦理性部门。道教是以这些为基本内容,仿效佛教归纳而成的自然宗教。 (8)道教是中国的民族宗教,可与日本的神道、 印度的印度教相比较。通过日中文化交流,儒教和佛教进入了日本,但道教没有传入日本人的社会。道教是适应中国社会各阶层特别是庶民阶层要求的宗教。官僚统治阶层在个人私生活中也信仰道教。从官僚逸脱到民间的知识分子即逸民,倾其智慧整理道教教理。 (9)一般来说,尤其在中国人中, “道家”和“道教”被用作同义词。如果定要区别二者的话,那么道家是philosophical taoism(哲学的道),道教是religions taoism(宗教的道)。道教神化老子,称老子为太上老君或玄元皇帝而加以崇拜。该宗教的庙宇和教团,祭祀以老子为中心的多神。道教经历了从原始道教(古道教,寇谦之以前的道教)到旧道教(以正一教为中心),再到新道教(以全真教为中心)的发展过程。 (10)道教是将中国民间的咒术信仰、老庄思想、神仙思想以及其它种种杂多的宗教性和拟似宗教性的诸要素综合在一起的宗教。它在东汉末组织起自己最早的教团。这种教团是在当时农村条件下和民众信仰的基础上创立的。可以把道教看成中国的民间宗教。 (11)道教是综合自古以来的民间信仰、神仙说和老庄思想,以老子为开创者,模仿儒教的道德学说、佛教的因果报应思想以及佛经、佛教教团组织而建立起来的宗教。 (12)道教和儒教一样,是中国人及中国社会的综合性的文化形态。其要素包括哲学、思想、宗教、迷信、民众生活、风俗、习惯、道德、文学艺术、科学等,或者与这些内容有关。它贯通中国历史。它是在一定的风土和地域条件下,在与政治、社会、文化各个方面的联系中产生并发展的。它是中国有代表性的民族宗教。 (13)是以中国古来的萨满教的咒术信仰(鬼道)为基础,在其上部重迭地、复合地吸收了儒家的神道和祭祀的仪礼与思想,吸收了老庄道家的“玄”和“真”的形而上学,并吸收了佛教的教理和仪礼等,在隋唐时代大体上完成了作为宗教教团的组织、仪礼和神学,以同“道之不灭”合为一体作为最高理想的中国民族的土生土长的、传统的宗教(注:福井康顺等监修、朱越利译《道教》第1卷,第3—5页。 上海古籍出版社,1990年6月第1版)。 对此,酒井忠夫和福井文雅总结如下,”道教“一词最初是在宣述“圣人”之“道”的教这一意义上使用的,在这一意义上甚至称为称呼儒、佛二教的名称。及至5世纪变为仅将道家称为”道教“。道家与儒、佛二教相对抗,逐渐被称为”道教“的过程,实际上可以解释为道教形成的过程。(同上《道教》第1卷,朱越利中译本,第11页。) 之所以会有意识地区分儒释道,应该是在国家、王朝与信仰、宗教关系上产生的。对于民众来说,似乎没有刻意区分三教或只信一教排除其他教的必要性。所以也有学者称道教就是民众宗教。 谈道教首先要明确是谈哪个时代、从哪个意义上谈的道教。 谈道教与其他文化的关系时,更有必要划清道教要素,特别是“道教”正式形成之前的道教要素与“道教”的界限。
4月 5, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
what is Tomb-sweeping Day? On the day, we visit our family graves to tend to any underbrush and weeds that has grown out of hand around the grave. Weeds are pulled, dirt swept away and joss sticks, food and paper money is offered to the departed.We believe that the spirits of deceased ancestors looked after the family even when they are gone.Hence, offering of food and spirit money could keep them happy in the spiritual world, and in turn, the living family will continue to prosper through good harvests and more children from the ancestor’s blessing.