日本人の「道教」観を知りたい

前回は、道教とは何か、ちゃんと定義しないと研究が始まらないなと結構悩んでいました。

ふと現代の日中の互いへの理解を見て思ったことですが、
中国の道教と日本人が受け取り、理解した道教は必ずギャップがあると思います。
時代の差、内容の差、量の差、それぞれ意識的に、無意識にかけたフィルターによる差などです。

現代では、通信手段がたくさんあるわりに、まだこれだけのギャップがあるというのは、
古代のように、朝貢する人や遣唐使による公的なルート、書籍伝来、渡来人などによる民間交流ぐらいしかなさそうなとき、
相当ギャップがあったのではないかと推察されます。

ということは、日本人を主体にする「道教」への理解を探ったほうが確実かなと思いました。
ここで、次の課題に直面します。

一つ目は、やはり「道教」をいかに捉えるかのことです。

「中国の道教」から考えると、老子の哲学、神仙信仰、方術、儀礼、医学など、極端にいうと、儒教や仏教にはっきり分類できないものは道教体系に入れてしまいがちです。こういった道教要素の日本文化に与える影響論、神仙思想を中心に古代日本の受容・発展論は多くあり、どうも私が理解している外来の仏教、現地の儒教に挟まれて、危機感のもとで形成された道教の姿は見えなくなっています。
ずっと頭に置いている疑問ですが、日本にとっては、同じく外来思想なのに、どうして儒仏道それぞれの行き道が違ったか、については、先行研究もあまり触れていません。

従って、現時点で調べた限り、奈良平安の日本人の「儒仏道三教観」から、古代日本の「道教」観、道教への理解、受容を見てみたいと思っています。

二つ目は、知っている関係文献や材料はまだ少ないです。

中国側の文献は略して、日本側について、今これしか知らなくて、読んでいません。
1、空海の「三教指帰」と唐から持って帰った「三教不斉論」
2、「清浄法行経」
神道、密教、修験道、陰陽道などの文献も探ってみようかと考えています。

This entry was posted on 水曜日, 4月 14th, 2010 at 11:24 AM and is filed under Taoism in Japan. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

3 Comments

  1. mamoruk says:

    実は中学生のころ仙道にはまってて道教についてけっこう調べました。中国に留学しようと思っていたのもそのつながりで。。。

    確かに同じ外来思想なのにそれぞれ受容のされかたが違って不思議ですね。

    ご存知かもしれませんが、
    http://ja.wikipedia.org/wiki/中村元_(哲学者)
    の書いた「中村元選集」の「東洋人の思惟方法」がそれぞれ日本人が見た東洋思想という意味ではよく書かれていると思います。

    一次文献ではありませんが、ご参考まで。。。

    ... on July 5月 10th, 2010
  2. admin says:

    仙道にはまっていましたか。しかも中学生から。
    道教についてのお考えを色々伺いたいですね。
    中村元氏の「東洋人の思惟方法」は昔ざっくり読んだことありますが、今の問題意識でもう一度読んだほうがいいかもしれませんね。
    ありがとうございます~

    ... on July 5月 13th, 2010
  3. Emily says:

    実は中学生のころ仙道にはまってて道教についてけっこう調べました。中国に留学しようと思っていたのもそのつながりで。。。

    確かに同じ外来思想なのにそれぞれ受容のされかたが違って不思議ですね。

    ご存知かもしれませんが、
    http://ja.wikipedia.org/wiki/中村元_(哲学者)
    の書いた「中村元選集」の「東洋人の思惟方法」がそれぞれ日本人が見た東洋思想という意味ではよく書かれていると思います。

    一次文献ではありませんが、ご参考まで。。。

    ... on July 6月 3rd, 2010

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