8月 27, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
先週の「ホンネの殿堂」で見た「夫の下心ためし」のようなコーナーの話だけど、ある芸能人がわなにひっかかって、浮気する気満々でした。紳助が「結婚しているから、こういうことはしてあかん」と知らないかと問い詰めたら、その芸能人は、「だって、松嶋菜々子に似ているよ。松嶋菜々子だよ」とちっとも罪悪感も羞恥感もない顔で連発していました。しかも、隣の席の奥さんを指して、「こっちはもちろん大事にしますよ」と弁論していた。もっと不思議なのは、その浮気映像を見て、上記の会話を聞いて、怒るどころか、ずっとにこにこしていて、誘う女に「うちの旦那、申し訳ない」とまで謝る奥さん。スタジオから、奥さんに対して、「偉いですね」という声も上がりました。 もう憤りが!この日本語を勉強し始めてから、今でも消えない最大のカルチャーショック、つい爆発してしまいました。日本社会はやはり最低限の性倫理がないのでしょうか。 日本語で検索したら、性倫理、性道徳のキーワードでは殆どヒットしません。本とかを見てみたら、日本人は、性を人格、道徳、家庭、婚姻などから切り離して考えているようです。性が肉体上の生理現象しか考えていない意味からすると、動物とあまり変わらないかもしれません。倫理は人と人の関係を規範化することで、だから倫理になっていないか。倫理がないから、不倫をしてしまいます。不倫とは、人の道から外れた行為と意味しています。 やっぱり家庭や妻を失いたくないから、不倫を止めたのは、倫理ではなく、単に現実的な利益で理性の判断です。大体、「こっちもこっちで大事にしているから」、「家庭さえ壊さなければ別にいいじゃん」のような腹立つ発言が自然に出てしまいますし。人間が自分の本能や衝動をコントロールする力は、主に宗教、道徳と社会風習から来ていると言われます。「古事記」に既にいざなぎ、いざなみの二神のセックスが赤裸々に描かれています。豊穣儀礼には、宗教的な売春があったぐらい、性を聖なるものとみなされます。そういう原始的な段階では、ほかの地域もある現象だと思われますが、『源氏物語』、『好色一代男』、『失楽園』などの文学作品や、史書の記録で描かれた社会様相を見てわかるように、いくら時代を下っていても、不倫を制約する倫理が形成されていないようです。むしろ、おおらかなセックスや売春が認められています。それも、今の風俗業の繁栄につながっているでしょうか。「姦淫するなかれ!」。これは儒教倫理の基本だし、佛教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教では禁止行為と戒律の中で定められていて、地獄へ導く大きな罪となっていますが、日本社会にはどれも浸透できていないとしか思えません。ちょっと残酷ですが、イスラム教の社会では、今でも不倫の犯罪者に投石処刑が科されるそうです。ほかの社会は、そういった宗教倫理があるから、不倫行為が少ないという意味ではありません。これをやってはいけないという究極的な裁判官がいるから、社会に規制されたり、罪悪感や羞恥心を持って、本能と格闘したり、反省したりしている人間社会の秩序があるわけです。「不倫が文化だ」と宣言したり、不倫してもされてもしょうがないと気軽に流したりする日本人と質的な差があると思います。 社会風習からみても、現代の家庭教育、学校教育、法律、マスコミ、どれも不倫行為を甘やかしているように見えます。一番身近な奥さんでも、愛のない風俗なら許すとか、肉体関係がなければいいとか、わからないようにしてくれるならいいとか、不平を言わずに自分を抑えがちな人が多くて、理解不可能です。不倫女も、悪いことをしているという自覚が薄くて、ただ舞い上がっているのが多いのではないでしょうか。 貞節の義務とは、他の人とはセックスしないことのではなくて、他の人と性関係の成就を求めないことです。犯罪記録はないから、疑われるのが根拠ないという男の言い分は甘えすぎのではないかと思います。 色々考えてきて、理解しようとはしましたが、この社会のこういう考え、文化はあまり賛成できません。自分の価値観と違うのもそうですが、そういう考え、生活スタイルで、社会全員が幸福?より不幸そうなのだからです。下記、デュレクス社による性生活幸福度世界調査結果も参考になるでしょう。 http://www.insightnow.jp/article/4309 http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=36189 また、子育てへの影響、熟年離婚、少子化問題などもこれと無縁とは言い切れないでしょう。
8月 17, 2010 - Posted by xiaoling- 2 Comments
先日のお盆で、初めて旦那とお墓参りしました。会いたくてもう永遠に会えない先祖様の霊を感じてきました。代々の先祖様、ありがとうございます。今の親、親戚もありがとうございます。 その後、日本人の友人と、お墓参りについて話していました。日本のお盆は、お釈迦様の弟子目連が死んだお母さんを救済する盂蘭盆から由来しているそうですが、中国のお墓参りはちょっと違うようですね。さすがお墓参りは、なかなか日常会話に出てこないし、メディアにも紹介されないから、中国のお墓参りの季節、場所、やり方などを紹介したら、とても興味深く聞いてくれました。 中国のお墓参りの概要について、昔ここで少し書いたことがあります。いい話ではありませんが、民俗の意味でもう少し付け加えたいと思います。 中国人は、お墓参りがどこに行くか、つまり死者の骨や霊牌の置く場所ですが、都市と田舎、民族によって、更に個人の希望によって違ってきます。都市は、最近公共墓地に骨を置いているのが多くて、日本とあまり変わらないかと思います。また、家に置いたり、それぞれの信仰により、骨と霊牌をお寺、道観(道教のお寺)、出身地村落の祠、教会に預けてもらっているのもあります。自分の場合、田舎で、土葬禁止以来、まだ年数が経っていません。お墓参りとは、おじいちゃん、おばあちゃんもまだ土葬だったし、メインが、オスのにわとり、線香や蝋燭、爆竹などを持って、山にある土や石で作られたお墓(古墳と言ったほうが分かりやすいかな)へ参りに行くことです。お墓を掃除し、にわとりをその場で殺して、その血をお墓にかけ、線香を供え、爆竹を鳴らし、お墓に向かって参拝するのが一般的な儀礼です。その時代のお墓は、女性より男性のほうがずっと立派です。墓碑の表面には、当時その祖先の子供の名前も刻まれています。しかし、男の子の名前しか載っていません。女の子は、いずれにほかの家系に嫁に行くから、この姓の家系を継ぐメンバーではないと思われているからです。自分は何回も確かめましたが、確かにありませんでした。あとは、父方のお墓を必ず行かないといきませんが、母方のお墓には行かなくもいいとされています。違う姓の違う家系だからです。これだけで考えてみたら、やはり男を産んだほうが死んでもさびしくないでしょうね。 先祖様は多くの中国人にとって、子孫を守る神様だから、先祖様のお墓や霊牌の様子は、子孫の運につながっているという祖先信仰があります。「アバター」のエイワのように、ずっとつながっています。例えば、何年間の雑草が生えたり、墓碑が壊れたりするのが、絶対に子孫に悪い影響をもたらしてしまうから、一刻も早く掃除し、修理しにいきます。そして、祖先や親が生きているうちに、きちんと親孝行がしないと、いざいなくなったら守ってくれないからという考えもあります。日本では、高齢者行方不明の現象を見れば、こういう考えがないでしょう。 しかし、自分も含めて、中国の冠婚葬祭の伝統的な儀式は、今の若者にあまり受け継がれていない気がします。今後は火葬せずにいかないし、どうなるでしょう。すべての霊を尊び、親孝行して、自分も元気に生きていくようにします。
8月 10, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
NPO法人国際教育文化交流協会主催で、2010年8月7日土曜日13時~16時30分に神戸市東灘区民センター うはらホールにて、第 1回 世界の文化と民族音楽『We are the world』が開催されました。当日のプログラムはHPに載っています。「読売新聞」地域面神戸には、「親子200人外国文化楽しむ」という記事に紹介されています。 私はちらし担当と、中学生の一日@中国をプレゼンしました(@チャイナドレス)。We are the worldに呼応して、「世界は一つ。地球の子、集まりましょう」というフレーズを捻出しました。中国語はいくつかスマートな四字熟語があるのに、日本語でそのニュアンスを表すのがどうも難しいです。理想ではありませんが、自分としては一応納得しています。 当日の会場は映画館みたいで、スライドショーがよく映るため、照明が消されていて、舞台に立つと、下のお客さんの表情がよく見えなくて、基本的に自分のペースで話を進めてきました。15分の時間制限ですが、結局ちゃんと時間を守ったのは私だけかもしれません。というか、15分だから、中学生の一日という小さなテーマにしぼったわけもあります。ほかの国の発表者は、20-30分まで写真や映像を入れて盛りだくさんでした。このチャンスを掴んで、自国の文化をなるべくたくさん紹介して、伝えたい気持ちはもちろんわかります。その他、内モンゴルの馬頭琴演奏、ワールドルームの7ヵ国の子供たちのダンス、西アフリカの太鼓踊りもあって、とても盛り上がりました。第1回なので、次回は、自分も何か民族音楽やダンス、スポーツ演技を見せたらいいなと思っています。 協会の理念と完全に一致していないかもしれませんが、こういう活動への考えや感想を話したいと思います。目標はタイトルどおり、異文化交流による多文化共生を実現することです。日本経済の活性化の一環として、観光やネットショッピングなどで外国人による消費を促し、外国の優秀な人材を受け入れ、育成、活用することにより、日本企業の国際化に貢献することが必要となってきているでしょう。しかし、現状では、外国人をたくさん受け入れて、外国人が楽しく長く日本企業で働いて、日本に住み着くための社会風土や文化的な基盤はまだ整っていないかと思います。 経済の原因などを抜きにして、日本人にとっては、日本人しかいない社会が最も安心、安定すると思っているのではないでしょうか。国によって違いますが、日本に来ている外国人に対して、好奇心の目、親切な目より無関心な目、異様な目、嫌悪な目、恐怖な目で見ている日本人のほうが多いでしょう。外国人の子供は日本の学校で、よくいじめられたり、外国人は日本人同士のコミュニティの中に溶け込むのも簡単ではないようです。外国人は確かに日本文化を深く理解し、日本の風習やルールに従えていないのがたくさんあります。なので、常に周りを観察し、勉強する必要があります。一方、日本人は、不満に思っていても、相手にどこが問題なのかをはっきり言わないし、外国人だから、しょうがないと自国の文化を説明することさえあきらめている人が少なくないでしょう。自国の文化を説明できるかどうかはまた別の問題ですが。つまり、こういう現状になっているのが、やはり異文化交流の意識も行動もまだまだ足りないからだと思います。今回のイベントのように、特に日本人(親、先生、子供)にとって、異文化に触れて、異文化について考えるきっかけをどんどん作っていけたらいいなと協会の会長と話しました。ぜひご参加ください。 PS:当協会は、留学生の就職活動専門研修事業も実施しています。
8月 3, 2010 - Posted by xiaoling- 0 Comments
(お手数ですが、日本語は中国語の下にあります。対訳ではありません。) 在东京生活久了,不知怎的,对东京的不满就多起来了,应了人总是不知足的常话,不太好。darling也问过我几次与北京、上海、广州等中国大城市比较,东京的好的地方。嗯,先记下目前感受到的Top10吧。 1、空气好,天空蓝,应季的佳景和文化丰富。每天放眼望去,都能享受到大自然的愉悦很重要。 2、水好。虽然不喜欢家里店里大冬天都上刺激胃肠的冰水,虽然乳制品种类远没有中国丰富,但自来水可直接饮用,大部分饮品都还健康好喝。 3、人光鲜,街道、城建干净。出门放眼望去,即便没办法马上看到红花绿叶,入眼帘的基本都是比较美好的事物。尽管街道太窄,刚从国内回来时有点压抑。 4、交通便利,准时准点。这对于有效安排把握时间很重要。 5、图书馆服务好。每个区都有5、6个图书馆,可免费借阅书。要齐全点的就得去都立或国立了,谁都可以进去。 6、公共场所的厕所干净。这个人每天都要光顾的地方,还真是会影响心情,不可忽视。在这里的公共厕所里,甚至可以睡着。 7、服务行业的服务态度普遍不错。就是微笑和贴心招呼都专业化了,有时觉得假了点。 以上似乎都是人健康开心生活的外在保障,凭个人的努力很难改善,没有选择。我很乖地交了不菲的住民税,也坦然地享受着。 8、能吃到世界各国的佳肴、点心,但上点档次的都嫌贵。其中,我对中国菜是很不满意的,要找到好吃的店,还得淘,且通常不便宜。 9、草莓又大又甜、北海道红肉哈密瓜水分多且爽口,等等。这儿的本地水果基本上是费尽心思改良了的,好是好吃,但太贵、品种也不多。 10、服装、音乐、艺术、娱乐的大汇集。这对于喜欢热闹爱时尚的人来说,应该特别受追捧。可惜这些在我生活并非不可或缺。 嗯,后面3点的前提似乎成了你最好有足够的时间和金钱。在中国就算普通的家庭也不会不忍心花钱吃好的吧,但在日本中等家庭去吃个火锅或者寿司都得计划半天。