魚釣島衝突問題で相互理解
魚釣島(尖閣諸島)の衝突問題で、中日関係の緊張は高まっているこの週です。先日パパからの電話にも、魚釣島問題で、日本で情報が流れているか、大丈夫かと心配されました。こちらの反応や意見が求められている雰囲気でしたが、なんといえばいいのか即答できませんでした。やはり自分の意見を持つべきだし、ネットや新聞でこの問題について改めて勉強しました。知識としては、Wikiページが、歴史やそれぞれの言い分をわりと客観的にまとめてくれたと思います。
問題の本質はやはり領土紛争問題ではないかと思われます。中国側は、日本がよくこういう所有権に異議がある領域(異議ありということは日本が知らないわけがない)で日本の法律という名目で外国人を逮捕し、明らかに挑発的だと受け取っているようです。もともと中国民衆は、日中戦争の恨みや、日本側が日中戦争への認識や態度に対する不満が根本的に解消できていません。たとえ四川地震救援を助けに来た日本人に好感を持っていても、たとえ日本旅行で日本のまちの清潔さなどによいイメージを抱いていも、何か国や民族レベルでトラブルが起こったら、ポジティブな一面はすぐぶっ飛ばされます。一般民衆は反日の感情や動きが高まったら、中国政府は、日本に対して強硬の姿勢を取らないわけがないでしょう。ましてや、もともと国の利益も絡んでいることだし。外交の事情で司法を動かせるかは日本内部の問題で、とにかく日本という国に訴えるでしょう。一方、領土問題を無視して、自国の法律に則って対応しているだけのような日本側の発言は更に中国民衆の反日感情を刺激したというしかありません。
この時点で問題が発生したというのは、日本の経済大国の地位が中国に代わられるけど、まだまだ実力が強いよと日本側が示したかったのではないかと、中国は経済がどんどん強くなっているから、周辺領土問題をより一層重視し、関連の国にプレッシャをかけ始めたという解釈もあります。
今のアメリカは、尖閣諸島に対する日本の「施政権」を認めているが、「主権」を認めたわけではないそうです。ただ、日本の施政下にある尖閣諸島が武力攻撃を受けた場合は (日米安保条約5条に基づき)共同防衛行動をとるということです。1971年6月、アメリカは、沖縄を日本に返還するついでに、魚釣島も日本管轄にさせました。1971年、中国や台湾がより強く所有権を主張し始めたのは、石油狙いも否定できかねますが、アメリカが日本への無断「返還」に対しても強く抗議した行動でもあります。中国側は19世紀初から、外国による侵略や、国内の戦争で、精一杯だったし、文化大革命の時代も、領土問題を解決する余裕がなかろうか、ちゃんと国際社会に自己主張し、行動できなかったのも問題です。どの時代にも実力者がものをいうでしょう。
なんといっても、それぞれの立場でものごとを判断する基準や根拠にそもそも食い違いがあるから、歴史問題を延ばせば延ばすほど複雑になってくるし、結局現時点の実力や利益に基づき、交渉で終わらせるしかないかもしれません。問題が一時的に解決できていも、互いに「不愉快」な時期が思い出や歴史に残るしかありませんが、これを機に、第三国の立場に立って、互いへの理解が深まるといいですね。
